
11月11日目黒雅叙園で、「美しい日本2004」フォーラムが開催され、参加してきた。
「キッチュの殿堂」として有名な目黒雅叙園の建物については、機会を改めて書いてみたい。
都市計画と景観・・・・・伊藤滋
日本人は街と景観に関して無関心すぎる。地方都市の駅前に建つと、サラ金やファーストフードのけばけばしい看板が、建物を覆いつくしている。それぞれ設計者は意匠を考えて創ったものが看板で台無しになっている。また、街の特徴も無くなってしまった。
西ドイツの
エッセンの街(ルール工業地帯の一翼をになう60万人都市)では、助役室の隣が木工室になっている。木工室には1/500の詳細な都市模型が造られ、新しい建物を計画する時は、その街にふさわしいか嵌めてみるそうだ。出来ちゃったらしょうがないではなくて、きちんと市民が景観を守っている。最近森ビルや三井不動産が1/1000の市街地模型を造っているが、1/500までスケールをあげたらもっと良い。各市町村が自分の街の模型を持ったら、景観を守る意識が芽生えるだろうと言う話は、全くその通りだと思った。
街並み景観を悪くしている例をスライドで見て、どこでも見られる風景だという気がした。
電柱や電線がなくなった街は実にすっきりしていた。地中埋設化は早急に進めて行きたい課題だ。計画段階で、3m角のスペースを確保して1本の落葉樹を植えようと言う提案は、街並みを修景するのに有効だと思う。
美しい日本、感性を育む場所づくり・・・・・安藤忠雄
1960年代代々木の体育館をはじめとして、日本の建築は元気が良かった。伝統的なフォルムを活かしながら、最新の技術で伸びやかな造形をしていた。その後の1970年代80年代、日本人は、建物と街を考える事を放棄してしまったと思わざるを得ない状況になった。
「
光の教会」「
六甲の集合住宅」「
直島プロジェクト」「
豊島どんぐりプロジェクト」「
同潤会青山アパート」と、スライドを見ながら説明を受けた。
安藤さんのパワフルな思考と行動力には敬意を表する。それぞれが長い時間かけて進行し、完成後の時間までも読み込まれているから、完成度が高いのだと思う。
産業廃棄物で壊してしまった豊島の風景。子供たちが、一本づつどんぐりを植えて、何年かかるかわからないが元の風景を取り戻そうとする姿は、きっと将来の「美しい日本」を創る原動力になってくれるだろう。
青山アパートの大半を地下に埋めて、街並みを守ろうとする姿勢も、風景を守りつつ経済的な成立を図った好例だ。
次々と連続していく六甲の集合住宅は、安藤さんの風景づくりが人々に支持された結果だろう。
建築・土木・都市が融合した景観デザイン・・・・・隈研吾
現在の日本は、既にヨーロッパと同じような「成熟社会」になってきた。それなのに相変わらず「成長社会」のスタンスで建築をつくっていくのは間違えている。
「成長社会」では、オブジェとしての建築が求められたが、成熟社会では土木と融合して、穴として建築をつくる事が求められている。なるべく元の風景を変えないで、修景し、建築が消えて目立たない事が大切。
ブルーノタウトは、日本の建築を見て歩き、建築と景観の関係をつくる事が自分が行うべき仕事だと気付いた。そんな民族の遺伝子を持つ日本人が、風景との関係を考えながら建築をつくっていく事が必要。
新潟・高柳につくった「茅葺環状集落」では、
門出(かどいで)和紙を、建具・壁・床に使った。
和紙だけでは弱いので、こんにゃくと柿渋を塗って強くしている。柔らかな光の空間は、心を癒される。自然素材は弱いので、それに見合うだけの配慮を持って使うことが必要。
地域を形で表現しようとすると失敗する。その地の素材で表現すれば、割合に簡単にうまく行く。表層的な美顔術を超えた素材の使い方を考える必要がある。
時間と共に色が変わり、良い形に古びてくれる素材を使って、「エイジング」を考えた建築をつくって行きたい。
そして、個人が景観づくりにコミットできれば、それは社会資産になる。
つくるだけでなく、きちんと使い続ける事が大切。「街づくり」より「街づかい」を考えて行きたい。

今回のフォーラムを通して、「成熟社会」に入った日本の建築のあり方が、大きく変わろうとしていることに気付いた。「東京町家」で目立ったり驚かす事ではなく、普通に気持ちよい家づくりを考えた事、近隣との関係性をきちんと整理した家づくりを考えた事は、今の時代にマッチしていると改めて確認させられた。また、OMソーラーや自然素材を用いた、環境負荷の少ない家づくりも、大切だと思う。
それにしても、安藤忠雄さん、隈研吾さんお二方とも共通して、「地に潜る建築」をつくっているのは、今の時代性か。そういえば、我等が永田昌民さんも「
地球のたまご」(オーエムソーラー協会事務所兼実験施設)を地に潜らせていたなぁ・・・。