宮本常一さんはある時授業で、中央線沿線には、昭和33年の売春禁止法が施行されるまで、遊郭があったという話をされた。私は中央線を使って大学に通っていたので、時間があると途中下車して街をさまよった。交番で「昔の遊郭は何処ですか?」と聴くわけにも行かず、延々と歩き回った。歩いているといろいろな発見がある。なんとなく街の匂いみたいなものが嗅ぎ分けられるようになってくる。どういうものをたどっていけば歓楽街に出られるか、そんなサインも見えるようになってくる。
確か阿佐ヶ谷だったと思う。駅から割合と近いところで、多分遊郭だろうという建物を見つけた。ここら一体の建物のプロポーションが、ちょっと特殊だった。2階の階高がかなり低い。窓の位置も低い。これはきっと遊女が道行く人に声をかけるのに都合がよいように産まれた高さなのだろう。私は勝手に、垂直方向のプライバシイ距離は水平方向の3倍になると感じている。つまり、目線の高さが1m違うと水平方向に3m離れているのと同じ関係距離になるということ。だからなるべく近くに寄りたい意思が、その断面をつくったと思う。
これは今も役立っていて、最近の住宅はロフトをつくることが多く、多くの建物がロフトの階高が高すぎるように思う。沢山の建物を見る機会があるが、たいていの場合ロフト空間が突っ立っている。6帖の子供部屋にロフトなんていうと、階高2700もあると、空間はもう暴力的に突っ立ってくる。その場の拡がりや引きにもよるが、2000から2100ぐらいがいい塩梅だ。ロフトから簡単に飛び降りられそうなぐらいの距離感が、ちょうど良い。
また歩いていると、タイル貼りの丸柱を見かけた。プロポーションも匂う。10mmX20mm程度の縦長タイルを丸柱と玄関周りに貼ってある。今は美容院になっているが、どう見ても遊郭のつくりだ。この丸柱も遊郭の記憶の断片。こういう記号は、地方を旅しても出会うことがある。美容院密度が高い所に遊郭はある。赤線が廃止になって、女手ひとつで生活を支えていこうとしたら、美容院や小料理屋なんかが手っ取り早かったんだろうか・・・。
街の匂いを嗅ぎ分けられるようになってくると、知らない地を旅する時に便利だ。昔、建築家の故木島安史さんとアメリカに行く機会があった。食事の予算に合せた美味しい店を嗅ぎ分けて探すことが出来たので、私はいつの間にか食料班にされてしまった。木島さんの奥様など「迎川さん、今晩は何を食べさせていただけるのかしら・・・」なんて言い出す始末。
余談ですが、この時木島さんから「夜寝られなかったら、それは神様からのプレゼントだと思いなさい。僅かな時間とお金を工面してやっと来た旅、寝る間も惜しんでよく見なさいということです。夜寝付けなかったら、思い切って起きて本を読んだり地図で明日の計画を立てなさい。朝早く目が覚めたら、明るくなるまで待って、表を散歩しなさい。その街の生活が見えます。」と教えられた。早速実行しようと外に出ると、交差点の真ん中で写真を撮っている木島さんがいた。
街の記憶の断片を拾い集めて、繋ぎ合わせていくと、その街の生活が見えてくる。デザインサーヴェイって、まさにこの生活を見る事考える事だと思う。住宅を考えるとき、ここで営まれるであろう生活を、その中心に据える必要がある。サーヴェイ世代がつくる住宅には、どこか生活が見えるものが多いように思う。反面、最近若い建築家がつくる住宅は、形態に偏重しすぎて、生活観が希薄な物が多いように感じる。
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