雨の中、
ジャン・プルーヴェ展最終日に鎌倉に行ってきた。
昨年秋に、建築家:野沢正光さんから話を聞いて、ずーっと見たいと思っていた。
本当は、昨年の内に、葉山別館の「世界の美術館展」も併せて見る計画だったが、野暮用で時間がとれず、とうとうここまで来てしまった。
建築家:秋山東一さんのブログで、実物展示の衝撃を読み、いても立ってもいられず、絶体絶命の最終日午後に車を飛ばした。

噂の通り、来て良かった。
実物がもつリアリティに接した時、秋山さんが言うように、模型は「刺身のつまにもならない」。
ぱっと見、木製に見えた椅子が、実は鉄製でカシュー塗装で木製風に見せてあったり、自転車のシャーシが飛行機を連想させたり・・・。物事・常識にとらわれることなく、鉄細工師の経験を活かし、自由に自分の世界をつくっている事に感銘を受けた。ものづくりって、そうなんだと改めて思った。
「フォルム」って言葉が似合うものたち、実にかっこいい。椅子の足なんか、私ならアングルで造ってしまう所、きちんと蓋をして三角の骨にしてあり、しかも先に行くほど細めてある。ジャン・プルーヴェを、プレハブ・量産化というくくりで紹介される事があるが、プレハブはともかくとして、量産=ローコストとは考えていなかったんだろうと感じる。足の先が細くなっているだけで、これ程までにしなやかで、軽やかな印象になる。エスキースラインは流れるように滑らかに描かれ、力学的に安心感のある形は美しい。きっとアールヌーボーの影響が出ているのだろう。
ベニア板に金属板を貼ってつくったサイドボード建具が、手掛を反り止めに使うあたり、吉村先生のベニアの建具と同じやり方だ。長い腕で持ち出し位置を変えられるリビングの照明器具が、吉村事務所(現OM研究所)応接室の照明器具と同じやり方だ。吉村先生もプルーヴェの影響を強く受けていたんだと思うと、少しうれしくなった。おおっと、長大作さんのお尻型のスツールが・・・、エーッ・・・鉄板でできている。(絶句)
プレハブ住宅の納まり、壁断熱はどうなっているのか。今回の興味の多くはここにあった。風雪に耐えぬき痛んだパネルと新しく再現したパネルで実物が組立展示してあったので、実にわかりやすい。薄い鉄板を曲げただけの柱兼用ジョイント。壁をはめ込んだら押し板でビス止めするだけの簡単なつくり。もちろん断熱材も入っていないし、気密も悪いだろう。でも、貼物ではない板が内外装に使われている。秋山さん風に言うなら「始めから、ぼっこわれている」。
コルビュジェが、船を意識していたように、プルーヴェもまたモバイルハウスを意識していたのだろう。時はインターナショナルスタイルの時代、遊牧民がパオを短時間で組立てるように、短時間で組立解体ができる建物が、プレハブだったのだ。

唯一写真を撮れた展示物は、ケニアの集合住宅の開口パーツ。アルミでできた飛行機の羽のようなものが、横軸回転して、日差しを遮りながら風を通す。大きさが均等ではなく、視界の邪魔にならない配慮はうれしい。
全体を見終わって、強く印象に残ったのは「確実にあったであろう明るい未来に向かったものづくりの夢」と言う事。僕が子供の頃は、それを強く感じていた。真鍋博さんのイラスト、宇宙家族ロビンソン、オリンピック景気でおもちゃ箱をひっくり返したような東京の街。子供心にも、何か素適な事がおきると信じられた。誰でも夢を持てた。
現在のものづくりは、性能表示だ、気密測定だ、断熱性能だ、欠陥住宅だ・・・。
夢をすり減らして物理的性能を向上してきた。結果、少しも豊かさを感じない。ものづくりにとってのマイナーな事にとらわれて、肝心な夢を考える余裕がなくなってしまった。夢を失ったものづくりは単なる苦痛な作業。夢を拾い集める旅に出よう。

必死にディテールを覗き込んで見ていると、声をかける人が・・・。OMソーラー会員工務店のS社長だ。お互いこんなとこまで、馬鹿だね!こんな人たちが集まっているから、OMソーラーは面白い。
写真を掲載できませんでしたので、ジャンプルーヴェについては、
こちらをご覧ください。